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Malzack Blog

引き算の美学を追求するミニマリスト

「生きている」ミニマリストと「死んでいる」ミニマリスト

モロッコ生まれの料理家、パトリス・ジュリアンが書いた『ライフレシピ』を読んだ。

人生に喜びを感じられるようになるためのカギは、チョイス(選択)することにある。いまいる場所、いまあるものは、すべて自分の過去の”チョイス”の結果だし、全部が”自分の責任”なんだ。

持ち物を公開するブログがおもしろいのは、その持ち物を見るだけで、その人の趣味嗜好がわかるところだ。パトリスの言葉を借りれば、いろいろな『チョイス』の集合体が、その人そのものを表している。

ミニマリストは物質社会のカウンターのような存在で、口を揃えて「持ち物を抱えていた頃より豊かになった」と主張する。でも、ミニマリストが全員豊かなのかといったら、そんなことはない。

これは、パトリスが書いている「生きている」か「死んでいる」かという発想から考えるとわかりやすい。

家のなかに死んだものがたくさんあると、家のパワーはどんどん下がってしまう。だから思い切って、”必要なもの”、”生きているもの”とだけ一緒に暮らすようにしたほうがいい。

持ち物を減らすときの基準は「不必要なモノ」がスタンダード。でも「必要だけれども死んでいるモノ」もあることに目を向けるのがポイントではないか。持ち物がミニマルになったって、残されたモノが死んでいたら、死んでいるモノに囲まれたつまらない暮らしじゃないか。「少ないけど豊かにみえない」というときは、その持ち物や空間が死んでいるからと疑ったほうがいい。

「生きている」「死んでいる」というのは主観でしかない。本人が自分の価値観でチョイスしたモノであれば、そのモノの価格と関係なく「生きている」ものになる。しかし、本人の主観が歪んでいる場合があることも注意しなくてはならない。

たとえば、100円ショップで買ったモノ。同じ100円のモノでも「生きている」と心から感じている人もいる反面、「生きている」と思い込もうとしている人もいる。「100円のモノで十分」と口では言っていても、心のどこかではもっと品質のよいモノがほしくて、その感情にフタをしている状態だ。人間は細かいニュアンスを感じとる動物なので、端から見ていても無理をしているのがわかってしまうのです。そして、そういう人の持ち物は死んでいるように見えるのだと思います。

私に関して言えば、パトリスが書いているように、お気に入りの道具を手にいれたいタイプ。コロコロと移住をしない人の場合は、コストよりも品質を優先させたほうが「生きている」暮らしになりやすいように思う。

言うまでもなく調理器具は、ただの道具ではない。”料理を作る気持ち”にすごく影響してくるものなんだ。100円ショップでもたいていの器具が揃うかもしれないけれど、ぜひとも、本当に自分にフィットするものを選んでほしい。
お気に入りの道具を手にいれよう。自分の雰囲気に似合った、一緒にワクワクできる道具を。ひとつお気に入りが増えるたびに、また料理と仲良くしたくなること間違いなしだ。
すごく素敵な芸術家の仕事に触れたときたとえば、腕利きの宮大工の手がけた建造物とか、エルメスの職人が手がけたバッグとかーそういう”完璧な美しさ”に触れたときもやっぱり、天国を感じることができる。
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