Malzack Blog

— 丸山和訓のブログ —

カラダを我が子のように扱うこと

初回のお客さんには、必ず事前説明をする。カラダのどの層にアプローチする施術なのか、僕が考える自然治癒力とは何か、などである。

ただし、半分くらいの方は説明を上の空で聞いている。僕の説明がおもしろくないのは申し訳ないが、それにしても切ない。「ちょっと施術の前に説明しますね」と言った瞬間から、「そんなのどうでも良いから、早くやってよ」という気持ちが伝わってくる。本当にごめんなさい。

ここで問題なのは「治癒を他人に任せている」というところだ。「辛いからなんとか良くしてよ」という姿勢は、カラダを乗り物のような感覚でとらえてしまっているのではないか。壊れた車を修理に出すみたいに。

しかしながら、カラダは乗り物ではなく生き物であることを忘れてはいけない。大事なパートナーなのである。

カラダは自分の子供のように扱うといいのではないか。今からタッチヒーリングだとか言って、よくわからない人(僕のことである)が我が子に触ろうとしているのだ。これは大いに怪しい。だとしたら、ちゃんと真面目に内容を聞くでしょう。それと同じようにカラダを扱ってほしい。

子供は構ってあげないと病気になる。ペットだってそうだ。同じように僕らのカラダは興味を持って欲しいと願っている。それを怠ると、最初は違和感というアピールをしてくる。それを無視し続けると、痛みがでたり、怪我をしたりして、もっと強いアピールをしてくる。大半のカラダのトラブルは、カラダの声を無視し続けた結果によるものなのだと思う。

僕の施術はカラダの声を触診で聞き続けて、自然治癒力を回復させる狙いがある。工具でネジを締めたり叩くような施術ではない。乗り物ではなく、生き物として扱う。傷口が勝手にふさがるような神秘的なメカニズムを目の前にして、「僕はカラダを治せる」なんて恐れ多くて言えない。本来、カラダは治るのである。「治してもらおう」とか「ちょっと痛くてもいいから、とにかく楽にして」という姿勢こそが、カラダの自然治癒力を制限しているのではないか。

施術をしている90分の間カラダの言い分を聞いていると、最初は暴れていた体液や体内リズムが幾分か落ち着き、本来の自然治癒力に戻ってくるのを感じる。それはまるでカウンセリングのようだと常々思う。カラダは言いたいことが言えるとスッキリして、自ら解決の道を見つけるのである。その結果、骨や筋肉など、物質的に大きな構造も自然と動きはじめるから不思議だ。

僕の施術の主役は、僕でもなくお客さんでもなく、お客さんのカラダである。日頃、ストレスや疲労で否応無く辛い思いをさせているのだから、中枢神経をリラックスさせて、定期的に声を聞いてあげるのがいいだろう。出張続きのパパが、たまにとれた休みで子供を旅行に連れて行くのと似ている。

子供は構ってあげないと病気になるのだ。

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