Malzack Blog

— 丸山和訓のブログ —

ゆがみの歴史

人間には神秘的な自己調整機能がある。

たとえば右の足首を捻挫したとする。数日経つと腫れも引き、しばらく引きずって歩いていると、次第に気にならないようになる。

西洋医学的には快復と呼べる状態でも、実際にはゆがみが残っている場合がある。それは単純に骨組みがズレてしまっているときもあれば、もっと微細なエネルギーシストのときもある。十分な休息を取らずに活動を再開したとき、または衝撃が強すぎるとき、カラダは緊張をそれ以上広がらないようにシスト(叢)にするのだ。

右足首にゆがみがあると、多くの場合、左の腰はそれを庇うようにバランスしてくれる。そして、そのバランスはジグザグに波及し、今度は右肩を傾ける。そして左の首はさらにそれを庇って傾く。

ゆがみを内包し、それにあわせて全体をバランスする。これは人間の神秘である。無意識のうちにベストな状態に最適化するシステムが人間には備わっているのだ。

しかし、そのバランスは最初にわずかな程度だったとしても、年月が経つにつれてだんだんと大きなゆがみになってくる。そしてそれは、具体的な不調として表に現れてくる。

だから40歳でなぜか不調になったとしても、その原因は20年前の右足首の捻挫かもしれない。よっぽど強い外的衝撃がない限り、大きなゆがみは一朝一夕でできるものではない。必ず歴史があるのだ。

歴史が短いほど、元通りになるのは早い。しかし、その原因が生まれたときのものだったり、幼少の頃のものだったりすると、その歴史はかなり古く、根深いことになる。だから、正しいバランスになるのには時間がかかる。

崩れる寸前のジェンガを想像するといいかもしれない。ギリギリなんとかバランスしているジェンガを安定させるためには、ピースを慎重に戻していくしかない。不調が改善するときには、ステップがあるのだ。

西洋医学の薬が嫌いな人も、いざセラピーとなると「一発で治してほしい」と願うものだ。たしかにセラピーに通うのは安くないが、ある程度の期間が必要なときもあるのが実際だ。やる側はわかりやすく説明するのがいいし、受ける側もどんな施術なのかを知り、それを踏まえて続けるかどうか決めたほうがいい。最近のセラピーはどうしても、素早いベネフィットばかりを謳う、インスタントなものが多い気がする。

ゆがみには感謝をしないといけない。カラダはベストを尽くしてそのバランスを選んでいるのだ。僕たちが活動しやすいように、調整してきてくれた結果なのである。しかし、そのゆがみのうちのいくつかには、手放して大丈夫なものもある。不必要な緊張までもガッチリガードしてカラダは頑張ってくれているのだ。それらを解放するようにカラダに提案し、自然治癒を発動させるのがいいと思っている。

もともとはカラダが無意識のうちに作った神秘的なバランスなので、カラダそのものに元に戻してもらったほうがいい。セラピストがジェンガのピースを戻すよりも、カラダに備わっている知性のほうが優秀であることは間違いない。正しいステップはカラダだけが知っている。

まぁ僕がやっているのはリラクゼーションの一貫でもあって、そのときの癒しを成立させるのも仕事のひとつなんだけど、やっぱりほとんどの人が根本的改善をどこかで願っている。だからその想いにはできる範囲で応えなくてはならない。

自然治癒を働かせるテクニックは、基本的には、ゆっくり長く穏やかに、しかし確実に進んでいく。ときにいきなりドカーンと進む。ドカーンと進まないときはウケが悪いのだが、ゆがみの歴史が古いときは、急いだところで時間がかかるものだから、それに抗っても無力である。

美容院感覚で、その人専用のパーソナルセラピストのところに通う習慣ができたらいいなと思う。髪の毛も大事だが、カラダはもっと大事だし、長い期間で整えていくものだ。

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