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電車のなかでのソーハム

ソーハム。

彼はすなわち僕である。

人間はひとつの命から派生している。別個人の生き物のように見えるが、人差し指と中指の違いのようなものであり、俯瞰でみればひとつのからだの一部である。

もう少し現代風に言えば、僕たちはそれぞれ、ひとつの命がなるべく長く生き延びられるように分散されたDNAパターンである。多種多様なパターンがつくられ、なるべく絶滅しないように配置されている。

最近、電車に乗るときは座らないようにしている。特に最後の一席に競うように座ることはしない。僕が放棄した席に誰かが座ることは、すなわち、僕が座ることである。「ソーハム」と心のなかで唱える。

元気な人が立ち、疲れている人が座る。それが自然で、そのバランスを保つことに協力することで、自分が疲れているときにやっと座ることができる。誰もが我先にと座っていては、人差し指と中指がケンカしているような世の中になってしまう。

誰かに譲ることは損ではない。そこに座っているのは、疲れているときの僕、または老人になったときの僕なのだ。疲れているとき、どうみてもガラガラなときは、ありがたく座らせていただくけどね。

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