丸山和訓 × Blog

丸山和訓のブログ

自己肯定感という言葉に逃げてはいけない

僕がやっている活動はあたまを中心にしたボディケア。自律神経やホルモンバランスでお悩みの方がよくいらっしゃる。また、SNSではミニマリストやヨガに興味のあるフォロワーさんが多い。

そんな僕のまわりで、「自己肯定感」という言葉を頻繁にみかける。Wikipedia情報なのでどこまで真実かわからないが、その歴史は1994年からだというから、だいぶ長い。

「自己肯定感が低い」と自認している人は苦しんでいる。「自分を労る時間をつくろう」「もっと自分を褒めよう」「まずは他人を褒めるところから」などと試行錯誤している。

僕もその気持ちを理解したい。そう思って「自己肯定感」に関する本を一冊買ってみた。

試しに、その本にあったチェックシートをやってみた。多く当てはまる人は自己肯定感が低いそうな。驚くことにほぼすべての項目にチェックがつき、僕自身が自己肯定感が低いと診断されてしまった。

ここでひとつ疑問が出てくる。仮に、僕自身が本当に自己肯定感が低いのだとしても、僕は「自己肯定感が低い」と1ミリも思っていない。一方、同じチェックシートをやった人で、「やっぱり私は自己肯定感が低いんだ」と思う人もいる。

自信満々で生きている人なんて滅多にいるものではない。誰だって四苦八苦して生きている。そんななか、「自己肯定感」という言葉が、一部の人をさらに「自分」という殻に閉じ込めているのではなかろうか。

自信が持てない「自分」、他人から認められたい「自分」、そんな悩みは誰でも持っていて、それを克服しようとする流れは仏教の時代から存在している。なんだか特別感のありそうな「自己肯定感」というマジックワードに逃げ込んではいけない。

自己肯定感に悩んでいる人には厳しい言い方かもしれないが、忘れないでほしいのは、その本のチェックシートで僕は自己肯定感が低いとジャッジされていることだ。だけど、僕は少なくとも「自己肯定感」という言葉に自分を閉じ込めていない。

別に、自己肯定感の低い人を責めたいわけじゃない。問題提議したいのは、あまりにも「自己肯定感」という言葉が使われすぎて、あたかも普通の人は「自己肯定感」にあふれ、「自己肯定感」を持っていない人が異常であるように語られていることだ。

そもそも、「自己肯定感」という言葉自体が「自分」という狭い世界で考える行為なので、それがよくない。いっそのこと、世界平和のために生きないか。世界平和を思えば、自分だけ楽になりたいなんてエゴだろう。

世界平和はちょっと極端かもしれない。けれど、自分という単位ではなく、広い世界で考えるのが有効だと思う。自己肯定感が低い皆様。僕も一緒です。お互いに助け合って、しょぼしょぼで生きていきましょう。

プライバシーポリシー
© 2014 - 2019 丸山和訓